職場復帰に向け作業療法介入し奏功した事例 ~脱臼予防指導に基づいた作業の可能化を目指して~
はじめに
今回,転倒により右大腿骨頸部骨折を受傷した事例に人工股関節置換術(以下THA)後方アプローチが施行された.意味のある作業活動の経験から作業の可能化を実感できたことはA 氏へ心情の変化をもたらし,職場復帰の達成に繋がった.事例を通し作業療法士(以下OT)の必要性を再確信したため報告する.なお,発表にあたり事例から同意を得ている.
事例紹介
A 氏,60代前半の女性.X 年Y 月Z 日自宅で転倒し右大腿部頸部骨折を受傷した.Z +4日自宅で過ごしていたが日常生活困難であり,Z +19日THA 後方アプローチを施行.夫氏,息子氏と3人暮らしであり受傷前ADL・IADL 自立,保育士として働いていた.退院後,職場復帰を希望されている.
作業療法評価
術後3週で回復期病棟に転棟され担当となった.術後FIM55点から109点に改善しADL 拡大傾向だったが,表情は暗く病棟で誰とも話さず閉じこもっている姿が印象的であった.初回の介入では,面接を通して病前の生活を聴取しようとしたが,一言目に「保育士の仕事をしているのですが,いつ職場に戻れるか不安です.もしかしたら戻れないかもしれないですよね.」と職場復帰への不安が聞かれた.また「自分の不注意で転んでしまって,職場にも迷惑をかけて情けないです.」と悲観的であり,病棟では職場と何度か電話している姿を見かけ,精神的にも追い込まれている様子だった.そこで脱臼予防指導のADL・IADL 動作練習に併せて,職場復帰に必要な応用的活動を実践することで,働くイメージの再構築に重点を置いた.
保育士歴は約40年と長く,60歳以降は勤務形態を時短勤務に変更し勤めていた.受傷前は1歳児を担当.1日のスケジュールから不安な職務内容を抽出し,正座でのおむつ交換,抱きかかえる・おんぶ,レクリエーションでの立位体操,四つ這いでの片づけが挙がった.職場復帰へのニーズは,これまでと同様に仕事に支障をきたすことなく働くことができることと話された.
介入方針
作業の可能化による役割の再獲得を目指し,勤務の1日の流れを聴取し保育士にとって必要不可欠な作業活動を明確にし,脱臼予防指導に基づいた動作確認を行うことで不安の軽減や働くイメージの再構築を図ることにした.
経過
脱臼予防への理解は良好であり,ADL・IADL動作は問題なかったため復職に必要な実践練習を開始した.正座でのおむつ替えや園児を抱えながらの床上起立,四つ這いでの移動など床上での応用動作は必須であり,まずは床上動作の練習を行った.介入当初は恐怖心が強く積極的に行えなかったが,段階付けしながら床上動作と正座を習得した.反復練習にて身体的に余裕を持つことができるようになり,赤ちゃん人形(重さ7~8㎏)を用いてより近い実践練習を行った.レクリエーションで行う体操は実際にYouTube で動画を参照し,回数を重ねるうちにA 氏から「一緒に踊りましょう!」と本来の姿を思い描けられるようになった.退院時にはA 氏から不安表出は聞かれなくなった.
結果
実践練習にて成功体験から職場復帰に対する悲観的な発言は聞かれなくなり,前向きな思考が増えた.また脱臼予防指導に基づく注意点をA 氏自身が理解し行動できることで,身体的に余裕が生まれ不安な気持ちがなくなったと話していた.病棟でも本人の表情は明るくなり,同じ居室の方と談笑している場面が増えた.また他職員から「表情が全然違うね.明るくなった」と見違えられ,退院し約半月後,職場復帰に至った.
考察
A 氏にとって意味のある作業活動を実践したことで,不安の軽減・働く自身をイメージできるようになり作業の可能化に繋がったことで職場復帰に至ったと考える.病棟生活での様子や面接を踏まえ,介入している中で対象者が目指す生活を知り,実現できるように支援をすることは作業療法の醍醐味であり必要性が高いと考える.